北本市は埼玉県の中央からやや東にある人口約6万8千人の都市です。
江戸期には、この市域全体にあたる地域は14の村々に分かれていましたが、明治22年にそれらの村々をそれぞれ中丸村・石戸村に分けて合併させ、更にそこから昭和18年頃に北本宿村として再合併となり、これが現在の北本市の原型となりました。

昭和34年に北本町と名前を変え、昭和46年の市制施行に伴い北本市として、埼玉県内33番目の市として誕生することとなりました。
市の中央部を国道17号線やJR高崎線が縦断し、これに沿って市街地が形成されおり、その上、首都圏からおよそ45キロメートル内にある立地条件から、首都圏のベッドタウンとして発展していきました。
昭和30年台に1万人台であった人口は、現在ではその7倍へと成長したことからもわかる通りに急激に発展してきておりますが、その一方で市街地の外側には今なお緑豊かな田園風景や、広がり、自然豊かで非常に過ごしやすい場所となっています。

かつて北本市には江戸幕府による宿駅整備以前の慶長7年頃まで、中山道の宿場・鴻巣宿があったことで知られていました。
この鴻巣宿とはそのまま現在の埼玉県鴻巣市の事で、中山道六十九次の内日本・日本橋から数えて7番目に当たる宿でした。慶長7年になると、江戸幕府の宿液整備にともなって鴻巣宿より北になる市宿新田というところに移設され、それが元でこれまでの鴻巣宿は「元の鴻巣」という意味から元鴻巣村と評されるようになりました。

霊園としては近隣で昨今は盛んに開発されていましたが、ここへ来て市内でも民間霊園が開設され始めているようです。
またお墓としては霊園以外に北本市内の寺院の境内墓地などもお墓探しの際には検討対象となるでしょう。

市内には寺院や神社が点在していますが、そのなかでも平安時代に創建され毎年4月に人形慰労祭などを行っている氷川神社や、樹齢約200年を誇り、県指定の天然記念物であるムクロジがある多聞寺などが有名です。

そんな北本市の交通について確認してみると、鉄道交通はJR高崎線が通っています。JR高崎線は群馬県の高崎駅からさいたま市大宮区の大宮駅までを結ぶ路線です。また、大宮駅から東北線に乗り入れる場合、そのまま東京都の上野駅まで直通に行けることができますので、都内や群馬方面へのアクセスが非常に容易なことが特徴です。
しかし鉄道路線はこれだけしか通っていないため、鉄道のみの利用では市内の行き来には少し厳しい場所となってしまいます。
そこで、川越関東バスや朝日バス、国際興業バスなどを始めとした各種バス路線が、北本駅や桶川駅を中心として、市内各地やその周辺地域も巡回する形となっております。
また、隣接している自治体である鴻巣市のコミュニティバスである「フラワー号」が北本市の一部を経由しているため、鴻巣市から北本市にバスを使って乗り入れることも難しくありませんから、この周辺でお墓参りを行う場合には、これらのバス便が移動手段として強い味方になることは間違いありません。

石の武蔵家では北本市及びその周辺でお墓をお考えの皆様のために、優良墓地情報を提供しております。ホームページに記載されていない寺院や霊園もご紹介することが可能ですので、北本市及びその周辺でお墓をお考えの皆様はどうぞお気軽にご相談下さい。

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