東松山市は埼玉県のほぼ中央に位置する市です。人口はおよそ9万人。
埼玉県の東西南北のそれぞれの端にある各市区町村の中心点から、
それぞれを繋いだ四角形の対角線の交点するところがこの東松山市であることから、
「埼(さい)の彩(さい)の臍(さい)は東松山市」をキャッチコピーとし、埼玉県のへそであると宣言をしています。
この地域は市制施行以前には、松山町と呼ばれた旧城下町であり、
徳川家康が関東へ移ってきた時には松平家広がこの地に入城して、松山藩を立藩しました。
そのあとを継いだ松平忠頼が浜松城へ移封されると松山城は廃城となりました。
江戸幕府による五街道と脇往還の整備が進められて、
江戸と上州を結ぶ川越児玉往還(川越道)と八王子から日光へいたる日光脇往還道が交わる松山宿・高坂宿は宿場町として栄えたといいます。
さて、元々は松山と呼ばれており、
現在でも地元の人たちはこの地を呼ぶときには「松山」と呼んでいるのにもかかわらず、どうして「東松山市」なのでしょうか。
1954年の市制施行時、周辺の村々と合併し「松山市」となる筈のところが、
これは愛媛県の松山市に先行されていたことから認められず、
止む無く四国の松山市に対し東の松山の意味で「東松山市」の名称に落ち着いたということです。

現在は都市化が進む東松山市ですが、周辺には今なお広大な田園風景が広がり、
大規模なニュータウンや工業団地の造成も進み、ダイナミックに発展を続けています。

そんな歴史ある東松山市ですが、市内及び周辺には古い歴史を持つ寺院が数多く点在しています。
また東京の墓地需要に応えての民営の霊園墓地の開設も非常に早い段階から進んだのもこの周辺でした。
ですからこの地域でお墓を探す場合には、検討の対象となるところはいろいろとあります。
お墓探しの際のポイントの一つは、家から墓地までの距離や実際の所要時間です。
特に、将来はいつまでも自分で運転をしながらお墓参りが出来るものとは限りませんから、
墓地の見学時には、この地域の公共交通の実際についても把握しておくことは大切です。
この市の交通事情としては、都心部からならば、東武東上線を利用するか、
関越自動車道利用東松山インター経由、のどちらかになるでしょう。
市の中心駅である東松山駅や高坂駅には、周辺地域経由で複数の各鉄道沿線駅とを結んでいるバス路線が完備しています。
ですから市内や周辺地域にある寺院や霊園でお墓を建てた際には、
どちらかの駅がお墓参りの上での起点となり、そこからバスないしはタクシー利用となります。

石の武蔵家では、東松山市やその周辺地域でお墓を建てたいとお考えのお客様に対して、優良墓地情報を提供しております。
ホームページに記載されていない寺院や霊園についてもご紹介できますので、どうぞお気軽にご相談くださいませ。

contact-image