一口に仏教といっても在来仏教の各宗派では、
そのお墓の様式やしきたり等の面において、相違点や特徴があったりするものです。
今回は浄土真宗のお墓についてお話します。

浄土真宗は、かつては一向宗や門徒宗とも呼ばれていました。
開祖は鎌倉時代初期に活躍した僧の親鸞で、
自身の師である浄土宗の宗祖である法然によって伝えられた、
浄土往来を説く真実の教えに基づいたものだとされています。
この教えは阿弥陀仏の働きによって信心を恵まれ、念仏する人生を歩み、
この世の縁が尽きる時に浄土に生まれて仏となり、再び迷いの世に還って人々に教えを説くというものです。
浄土真宗はその勢力が巨大であり政治的な脅威と感じられていたため、
西本願寺派と大谷派に分けられてしまいましたが、
宗旨宗派の解釈による違いなどによるものではない分裂だったために教義上の差は殆ど無く、
儀式等の作法でのみ若干の違いがある程度の違いです。

在来の他の仏教宗派の教えとは際立って違っていた「即身成仏」を説く教えであったために、
その反映として儀式行事等でも他宗派とは大いに作法が異なっていたために、
“門徒物知らず(「門徒は非常識」の意)”などと言われていました。
現代においても、他の宗派では戒名と呼ぶべきところを浄土真宗では法名と呼びます。
これは浄土真宗では厳格な規律から戒律を授かるという教えではないためのことですが、
初めてお墓を建てるときなどにはつい間違えやすいところです。
同様に他の宗派では必ず行われる開眼供養なども行わない場合も多く、
位牌や塔婆、お墓なども教義からすれば本来的にはその必要を認めてはいなかったのです。
ただし、時代の変遷の中では、原理的な面よりも一般的で世俗的な習俗が優先され、
他の在来仏教が行っている行事や様式が次第に取り入れられ融和しながら現在の形に至ったものと考えられます。
お墓の正面に文字を彫る場合には、「○○家の墓」と言ったものではなく、
お念仏の「南無阿弥陀仏」と彫ることが正しい様式とされていましたが、
最近は以前ほどには徹底したものではなくなってきましたが、
かつては浄土真宗といえばこのように彫ることが殆どでした。

この様に宗派によってその成り立ちやお墓の形状といったものには様々に相違点もあります。
お墓を求める際にはその宗派の独自性とか違いなどについても、しっかりと確認しにがらお墓探しをしていきたいものですね。

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